と、時間の方向を定める概念でもあるということになる。さらに、次のようなパラドックスによって、物理学と知的な生物との関係を考慮しなければならないことも、話題になってきた。
マックスウエルの悪魔Maxwell’s Demon
ある気体分子がある部屋(容器)に閉じ込められている。この部屋の真ん中には仕切りを入れ、開閉できる窓がついている。この環境で熱的な平衡状態に達している。次に、この窓を通過できる分子の速度を見張れる悪魔がいて、分子の速度を観測しながら、一方の部屋の分子の平均の速さが、他方のそれより多くなるように、窓を素早く開閉するとする。窓などへの衝突による熱的な消失がなく、分子の観測が情報操作だけで、仕事を伴わないとすると、この気体のエントロピーは平衡状態より低くなり、熱力学の第2法則に矛盾する。
この問題は、マックスウエルの悪魔と呼ばれている。悪魔の仕事は観測(情報入手)を基礎にしているが、そうした情報操作にも熱力学的な仕事が必要であり、悪魔自身のエントロピーは増大する。したがって、気体分子と悪魔を含めた全体系を考えると、エントロピーは減少しないと考えられる。この問題は、物理系に知的な存在を含めると自然法則が敗れる(ように見える)ひとつの典型例として、量子力学の観測の問題とともに、多くの議論を呼んできた。この問題を考察して後の研究者に大きな影響を与えたのが、1929年に発表されたシラードL. Szilardの論文である。この論文は、物理学の中に情報の概念を持ち込んだ最初の論文と言われている。実際に、この問題は、後にブュリリオンBrillionによって情報学的な立場から議論された(L. Bullouin, Science and Information Theory(2nd ed.), Academic Press, 1962)。
非線形、非平衡、複雑系の理論
古典物理学も、その後に登場した相対論や量子論も数学的には線形の方程式を基礎にしている。現実の世界の記述には、非線形な理論が必要なことは理解されているが、非線形の数学は難解である。また、一般に生物は平衡とはほど遠い状態にあるから、生物の生物らしい現象を記述しようとすれば、非平衡の熱力学、統計力学が必要になる。こうした理論は、20世紀の後半になって、盛んになってきた。現在それらの理論は複雑系Complex Systemの理論と呼ばれるようになっている。そうした研究を支えているのは、計算機によるシミュレーションである。計算機が科学の世界で広く利用できるようになってきたのは、1950年代以後であることを考えると、こうした議論が20世紀の後半から盛んになってきたことも、理解できる。複雑系については、「物理学から見た生命」の章で紹介する。
2.8 おわりに
上記の例のうち、調和振動子モデルの特別な場合が、黒体輻射の問題である。この計算