4.5 密度行列Density Matrixの一般論

 この章の最初で注意したように、量子力学には2つの確率と統計的な性格がある。ひとつは、量子力学の原理からくる観測するまでは、系の状態は決定できず、観測によって得られる結果は確率的なものであるという統計性である。もうひとつは、日常感覚でいう統計性と同じく、多数集まったことからくる統計性である。いままでの多粒子系の議論では、この後者の統計性を扱う変数や観測量は導入されていなかった。そうした目的にかなった演算子が密度演算子である。

 密度演算子Density Operatorは、統計作用素Statistical Operatorとも呼ばれる。後者の呼び方の方が内容を表していると言えよう。ある表示をとれば、演算子は行列になるが、密度演算子の行列は、密度行列と呼ばれる。ただ統計行列という呼び方はあまりされない。密度演算子は演算子として作用する対象に当然制限される。1粒子系でも、多体問題のN粒子系でも、あるいは統計力学のグランド・アンザンブルに関しても定義することができる。また、N粒子系の中の部分系に関しても定義できる。実際、全体系を宇宙にとれば、如何なる系もこうした部分系とみなせる。最初にこれらのいろいろな密度演算子に共通することがらを述べておく。

 

定義

 密度演算子は、量子力学的な状態への射影演算子の1次結合であり、係数は負でない実数であり、その和は1に等しい。個々の状態が規格化されたケットベクトルであたえられる離散的なものとし、状態への射影演算子の1次係数をとすれば、密度演算子は、

          

 

ここでは、状態ベクトルが1粒子系のものなのか、多粒子系のものなのかなどは指定していない。まず、

         

は射影演算子としての性質

          

を満たしている。ここで、は恒等演算子である。ユークリッド空間のベクトルで言えば、この演算子をある状態ベクトルに作用させることは、ベクトルをベクトルに射影することにあたる。の和が1であることは、これらの係数がある事象が起きる確率に