要素を必ずもっているevery element of the physical reality must have a counterpart in the physical theory」と説明する。そうなると、今度は「物理的な実在の要素element of the physical reality」とはなんぞや、ということが問題になる。それは哲学的な考察によりアプリオリに与えられるものではなく、実験と測定の結果へのあるappealによって与えられるべきものである、とする。ここでいうappealとは実験結果をうまく解釈する提案というような意味に使われているようである。さらに彼らは、「物理的な実在とは、具体的には、「もし、ある系をどんな方法でも乱すことなしに、ある物理量の値を確定的に(すなわち確率1で)予測できるならば、この物理量に対応した物理的な実在の要素が存在するIf, without in any way disturbing a system, we can predict with certainty (i.e., with probability equal to unity) the value of a physical quantity, then there exists an element of physical reality corresponding to this physical quantity. 」という意味であるとしてもさしつかえない」、と述べる。
これが論述の枠組みである。これを前提として、彼らは具体的な考察の対象として、ある仮想的な実験を考える。仮想実験による考察はアインシュタインの得意とするところである。この実験過程を考察して、彼らは
結論:(1)「物理的な実在に関する、波動関数を用いた量子力学の記述は不完全であるthe quantum mechanical description of reality given by the wave functions is not complete」と結論しようとする。
この結論導くための彼らの論拠は、
根拠:
(1)か、あるいは次の
(2)「問題とする2つの物理量に対応した演算子か可換でない時、2つの物理量は同時には(物理的な実在)に対応するものをもちえないwhen the operators corresponding to two quantities do not commute the two quantities cannot have simultaneous reality」、
かのいずれかが正しいことが証明できるからである、というものである。
ここで、彼らの論拠の背景には、
Operator ⇔ physical quantity ⇔ physical reality/elements
演算子 物理量 物理的実在
という見方がある。ここで演算子と物理量の対応は問題ないとする。しかし、物理量が対応する物理的な実在をもつためには、彼らの要求基準「もし、ある系をどんな方法でも乱