7.2  Maxwellのデモン研究の歴史

 マックスウエルのデモンは、1871年に出版されたマックスウエルの本、Theory of Heatに登場した。その中では、「気体分子を2つに分けている容器の壁の小穴を監視しているある知的な存在“a being”であり、彼は個々の分子を見て、より早いもの来たら容器のAの部分からBへと通し、より遅いものはBからAへと通すように、小穴の窓を開閉する”who can see the individual molecules, opens, and closes this hole , so as to allow only the swifter molecules to pass from A to B, and only slower ones to pass from B to A.”。こうした存在は、第2法則に反し、仕事をする(エネルギーを消費する)ことなしに平衡状態にあったBの温度を上げ、Aの温度を下げることができる。」と述べられている。この存在をマックスウエルの知的な悪魔Maxwell’s intelligent demonと呼んだのは、同じ熱力学の創始者の一人であるトムソンWilliam Thomson,つまりケルビン卿Lord Kelvinである。このように紹介した彼の論文は1874年に発表されている。後にマックスウエル自身が、デモンの性格を再定義している。つまり、この存在は、分子の速さを観察して、慣性(つまり質量)や摩擦のない窓を動かすだけの存在であり、第2法則が統計的ものであることを実証する目的で創造された。この目的には、知的な存在でなく単なるバルブでも同じ働きをすると言えようと言っている。

 熱力学の存在であったマックスウエルのデモンに今日の情報学に関係した存在であるという視点を与えたのはシラードL. Szilard1929年の論文である。この論文では、デモンが今日でいう1ビットの情報を獲得する過程が分析されている。その結論は、1ビットの情報を獲得するには、のエントロピーの増加が伴うというものであった(Szilardの論文の式(3))。彼の結論は、第2法則に反すると思われた平衡状態からの逸脱は、情報入手に伴うエントロピーの増大で帳消しにされるというものであった。1940年代の終わりから50年代の初めにかけて、ブリルアンLeon BrillouinとゲイバーDennis Gaborは、分子の速度の計測に光を用いる過程を分析し、やはり情報入手にはエネルギー消費が伴うことを証明して、デモンのような存在がありえないことを主張した。彼らの仕事は、純粋に情報的な存在であったデモンを物理的な計測を行う現実的な存在として考察する道を開いた。また、ここから当時台頭し始めた情報学と物理学との間の関係を探る試みが始まった。

 1961年、ランダウアーRolf Landauerは、計算機の内部で行われている記憶の消去過程が、外部にエントロピーを排出しているという説を発表した。この説は、後にランダウアーの原理Landauer’s Principleと呼ばれるようになった。彼はBrillouinの仕事に言及し、計算過程は測定過程に類似していると述べている。彼の仕事は、ベネットCharles Benetteを刺激し、ベネットは1973年の論文で、記憶を消去しない可逆的な計算が原理的には可能なことを証明した。さらにランダウアーとベネットは1982年に発表した論文の中で、情報を獲得する過程が問題なのではなく、マックスウエルのデモンが仕事をするには、記憶を