消去する過程が必要なことが問題だと指摘した。つまり、後者の過程でエネルギーが消費されるので、第2法則を破るような働きはできないという考察がなされた。彼らによって、マックスウエルのデモンは、古典物理学(熱力学)や情報学的な視点からだけではなく、量子計算、量子情報の視点からも論ぜられるようになった。
今日、ランダウアーやベネットらの見解は広い支持をえているが、こうした説を批判する説もあり、マックスウエルのデモンをめぐる論争はまだ終結していない。
7.3 物理学的な過程としての計算
マックスウエルのデモンをめぐる論争を通じて、物理学者も、情報処理や計算という過程にもエネルギー消費やエントロピーの増大が伴うということ受け入れるようになった。そもそもデモンを考案したマックスウエル自身、デモンとエントロピーを結び付けては考えていなかった。マックスウエルが「ある存在a being」と呼んだ主人公を、の「マックスウエルの知的なデモン」と呼ぼうと提案したトムソン(ケルビン卿)の論文に答える形で、マックスウエルは、彼の「ある存在」を再定義して、「熱平衡状態にある系に温度差を生じさせる仕事をする」ことがこのデモンのミッションであると再定義している。しかし、シラードSzilardの考察以後、分子の位置情報を得るにしろ、速度を計測するにせよ、記憶を消去するにせよ、情報処理の過程には、エントロピーの増大とエネルギーの消費(散逸)が伴うという合意が物理学者の間に形成された。
シラードSzilardは、1分子からなる「気体」を考え、この分子が容器の右半分にあるか、左半分にあるかを決定する過程では、系に対してある仕事をして、
の情報をうるが、これは、同じ量のエントロピーの減少を意味すると考えた。ここで、熱力学的なポテンシャルとエントロピーの間の、
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という関係と、内部エネルギーが変化しないことと、熱浴と接触しているために温度が一定であると仮定すれば、
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となる。したがって、
のエントロピーの減少(
の増大)は、自由エネルギー
が、
だけ増大したことを意味する。すなわち系には、それだけの仕事がなされたことになる。実際に系がどれだけ仕事をされたかは、容器の壁をピストンを押しながら半分の体積に縮小する過程として、最初の気体の体積を
、最後の体積を
とすることで求められる。すなわち、