第2回QuLiSシンポジウム

「ナノサイエンスのひろがり」


日時:2005年3月25日(金)13:00〜17:40
場所:理学部E002室



13:00〜13:50 白井 文幸(藤沢薬品)

「MOLDAの発展と進化 ―創薬のためのインターフェースをめざして―」


 MOLDAは,量子生命科学(QuLiS)プロジェクト研究センターの中心的推進者であった故吉田弘先生が学生の頃より改良を加え, 育てられてきた“分子構築ができる国産の分子表示ソフト”である。MOLDAは最近になってその表示能力が格段に向上し, 有機化合物分子がいかにもそこにあるかのように見える“バーチャルリアリティー空間”を表現できるようになった。 それによりMOLDAは,教育,アカデミック研究,創薬研究の各分野にあった改良がなされ,ナノスケールの“自然”をよりわかりやすく理解するための “インターフェース”へと進化しようとしている。講演では,MOLDAの発展の歴史と今後の流れのひとつである創薬化学での利用について話をしたい。

 創薬分野において,“いかにして他社の物真似でない,望む薬理活性の強い化合物の構造をデザインするか?”が重要な課題であり, それができるかどうかが製薬企業の新薬創出の生命線である。そして,それを達成するためにメディシナルケミストは, 化合物とその相手となる標的蛋白質との相互関係をしっかりとイメージして,創造力豊かに新規な構造をデザインし,合成ルートを考え, その化合物をつくる必要がある。また,効率化のためには蛋白質−リガンドのX線解析情報・計算化学から得た結果・構造−活性相関などもデザインに利用する必要がある。 近年PDB(Protein Data Bank)サイトに登録される蛋白質−リガンドの情報は日々急速に増加しており,これらの生きた情報を有効に活用しながら化合物のデザインを効率的に行うことは,いずれ創薬研究者に不可欠な方法となってゆくものと考えられる。それらを簡便に行うことのできる研究環境がますます必要となってくる。

 創薬分野におけるMOLDAは,このような種々の要望に応えることのできる,分子−蛋白質複合体のバーチャルリアリティー空間とのインターフェースとなるソフトとして進化している。



13:50〜15:00 夛田 博一(IMS)

「有機エレクトロニクスおよび分子エレクトロニクスの現状と問題点」


 有機発光ダイオードが実用化を迎え,それを駆動するための有機トランジスターと 電力供給源の有機太陽電池の研究も一段と活発化している。 一方,現在の無機半導体の集積化の技術的・物理的限界を打破するために,新しいデバイスの創成が求められており, 分子を基本とする素子の可能性も模索されている。有機薄膜素子および分子素子のいずれにおいても, その特性は(金属)電極と分子の接続界面によって決まり,ようやくさまざまな方法で,界面の特性を知りそれを制御する試みが報告されつつある。 有機エレクトロニクス素子および分子スケールエレクトロニクス素子の現状と問題点を,下記の項目について,特に「界面」に焦点をあてて議論する。

(1)吸着ガスによる電気伝導度変化の問題
 有機材料の電気伝導度は,吸着ガスの影響を強く受ける。素子作製時および特性計測時に不可避的に混入する酸素や水などの影響で, 電気伝導度計測の再現性を悪くすることが知られており,減少の正しい理解のためには,これらの混入を極力避けて実験をする必要がある。 ガス吸着とキャリア注入機構およびキャリア輸送機構について議論する。

(2)電極/分子接合界面作製方法とキャリア注入障壁の問題
 電極と分子の接合様式およびそれに伴う界面の電子状態は,素子の特性を決める重要な要因である。電極の仕事関数とキャリア注入障壁の問題, 電極と分子の接合様式とキャリア注入の関係について議論する。



15:20〜16:30 永瀬 茂(IMS)

「ナノ分子と計算化学」


 有用な物質の設計と合成は物質科学の中心課題であるが,その研究方法は現在急速に変化している。 これまでは,試行錯誤的な方法に頼るところが相当に大きかった。いうまでもなく,古くからの限りない夢は, 「望む構造,物性,機能をもつ分子を自由にデザインして合成する」ことである。この実現ために, 分子を電子レベルで統一的に理解して予測できる理論と計算およびコンピューターシミュレーションに関心が高まっている。 これは,実験では手間がかかる様々な条件も容易に設定でき,多数回の仮想実験を短時間にクリーンに行えるので, 合理的に分子を設計して反応も制御できるところにある。また,短寿命で測定が困難な不安定な分子にも容易に焦点を当てることができるし, 標的とする分子の様々な特性も前もって予測できる。よく知られているように,自動車,船,飛行機,建物などの設計には, 実際の衝突実験や風洞実験を行わずに,コンピュータでまずシミュレーションすることが早くからルーチン化されてきている。 しかし,このようなコンピューターシミュレーションは,物質開発の分野においてはかなり遅れている。

 最近では,百原子からなる分子の高精度な量子化学計算が日常化されてきて,実験に並ぶ時にはそれ以上に有用な情報を提供している。 しかし,ナノサイズの分子系を広く対象とするには,分子理論の適用範囲を大きく拡張する必要がある。このとき一番の問題は, 分子のサイズが大きくなると計算時間が急激に増大してしまうことと,ナノスケールでの簡便な設計指針が確立されていないことにある。 これらの問題が解決されると,簡略化したモデル計算ではなく,実験で興味あるナノ分子系をそのまま高精度に取り扱えるので, 計算化学は実験の強力なパートナーになる。理論計算による新しい現象の予測と新しい概念は実験のよき出発点になるばかりでなく, 合理的な説明と解釈は理論と実験の著しく高められた相乗効果を生み出す。このためにも, 計算化学と実験化学の密なインタープレイがますます重要で不可欠なものになっていくと思われる。



16:30〜17:40 榊 茂好(京大)

「遷移金属元素を含む複合電子系の理論的研究」


 遷移金属元素とヘテロ元素,典型金属元素および有機官能基などを含む系はd電子,hypervalency, 電子受容性の空軌道,s,p,sp軌道が相互に作用しながら構造, 反応性を決めることから,分子科学的に興味深い。本講演では,2,3の遷移金属元素とヘテロ元素を含む反応系の理論的研究を紹介し, その反応過程の詳細と反応過程の支配因子を明らかにする。

 具体的には,金属錯体を触媒とするアルケンのヒドロシリル化反応,遷移金属錯体による二酸化炭素の水素化反応, 炭酸脱水酵素を取り上げる。ヒドロシリル化反応の理論的研究では,触媒サイクルを理論計算から明らかにし,さらに, 反応機構が前周期および後周期遷移金属錯体で異なること,および,その相違の理由を分子論的に明らかにする。 また,遷移状態でケイ素のhypervalencyがどう相互作用に関与しているか,についても言及したい。 遷移金属錯体による二酸化炭素の水素化反応でも,触媒サイクル全体の描像を明らかにし, 反応経路がわずかな反応条件の変化(微量の水の添加)により変化することを理論的に明らかにし,遷移金属化学反応の柔軟性を示したい。 いずれの場合も,中心金属の被占および空のd軌道とそのエネルギー準位が反応過程に重要な役割を果たしていることを明らかにしたい。

 遷移金属錯体は,多くの金属酵素の活性点でも重要な作用を示している。炭酸脱水酵素(CAII)の反応機構については, 詳細な検討を行い,Lipscomb機構とLindskog機構のいずれが正しいか,を明らかにし, この反応機構の決定に微量の水の存在が重要な作用をしていることもあわせて報告したい。



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