第3回QuLiSシンポジウム

「創薬におけるIT」


日時:2006年3月28日(火)13:00〜17:20
場所:理学部E003室



13:00〜14:00 片倉 晋一(第一製薬株式会社 創薬開拓研究所)

「創薬研究における情報の活用 −蛋白質の構造情報を中心に−」


 薬を創るには、様々な学問領域にまたがる膨大な情報が必要となることは周知の通りであり、技術革新が進むに伴い新たな情報が生み出され、創薬研究で取り扱う情報量は増大する。しかしながら、膨大な関連情報がありながら、現在の創薬研究の効率が以前に比べ飛躍的に向上したとは言い難いのが現状である。その理由の一つとして、得られた情報をうまくつなぎ合わせることが未だ十分ではない点が挙げられる。したがって、情報の関連性を見出し、系統だった情報から得られた知見を新たな薬創りに役立てることができるかが大きな課題となっている。

 近年、タンパク質の発現、精製が容易になり、X線結晶構造解析やNMRの技術的な進歩と解析装置の改良が進んだことでタンパク質の立体構造情報は飛躍的に増大した。蛋白質の立体構造情報、特に蛋白質と薬との複合体の構造情報を利用することにより、化学構造を基にして薬に関連する情報を理論的に整理することが可能になってきた。更に、整理された情報を利用しながら、構造情報を基に新しい薬をデザインする試みであるStructure Based Drug Design (SBDD)も近年、精力的に展開され、創薬研究の場においても一つのアプローチとして確立されている。

 今回の発表では、創薬における情報活用の考え方にはじまり、実際の創薬の現場におけるSBDD研究の現状を、SBDDの技術解説だけでなく問題点も含め紹介する。



14:00〜15:00 佐藤 文俊(東大情報基盤・生研)

「創薬の新基盤技術を目指したタンパク質量子化学シミュレーション:研究紹介と中期ビジョン」


 当グループは、タンパク質をターゲットに量子論に基づく精密なシミュレーションシステムを開発している。ベースとなるソフトウエアは、大規模な系を取り扱うことができるよう独自に開発した、ガウス型関数を用いた密度汎関数法プログラムProteinDFである。これを用いてこれまで2000年に104残基の金属タンパク質シトクロムc、文部科学省ITプログラム「戦略的基盤ソフトウエアの開発」プロジェクト(2002〜2005)で306残基のインスリン6量体の全電子波動関数計算に世界で初めて成功した実績がある。現在同省次世代IT基盤構築のための研究開発プログラム「戦略的革新シミュレーションソフトウエアの研究開発」プロジェクト(2005〜)で引き続き本システムを発展させている。目的はProteinDFを基に、タンパク質の新しい研究法、ならびに創薬やバイオ素子の設計などへの応用に必要な機能を追加・拡張し、インフラを整備し、創薬・バイオの新基盤技術開発に向けたタンパク質反応全電子シミュレーションシステムへと発展させ、これを公開することである。以下の5つの項目;(1)密度汎関数法による超大規模タンパク質全電子計算エンジン、(2)タンパク質の構造最適化、分子動力学、自由エネルギー計算機能、(3)密度汎関数法−配置間相互作用法による電子励起・電子移動計算機能、(4)タンパク質波動関数データベースの大幅更新、(5)シミュレーションを支援し、物性を評価・解析できる高品位GUI、に関する諸研究開発成果を統括したシステムを開発中である。今年度は、全電子シミュレーションの礎であるProteinDFエンジンの高性能化とその解法の安定化を図り、システム全体設計を行った。本システムの全体構想を含め、中期ビジョンを報告する。



15:20〜16:20 原田 義則((株)日立製作所 ライフサイエンス推進事業部)

「ウエット技術とインフォマティクス技術を融合させた生命科学産業支援ビジネス」


 生体内で生じている全ての現象は、数十万種の分子間の相互作用/分子認識を基本として成り立っている。従って、生体を構成する分子種と量の経時的変化とそれらの分子間の相互作用解析は純粋科学の側面では生命現象の解析そのものであり、また応用分野においては疾病の原因究明や治療のための標的物質およびパスウエイの解析に大いに役立っている。ヒトを始めとして各種動物のゲノム解析が進行し、個別化医療を念頭に置いた個人の薬物応答性と遺伝的多型との関連性等の解析が進んでいる。更に各種組織において特異的に発現しているmRNAのカタログ化が達成されつつある現在、ライフサイエンス研究は新たな発展の方向を見せており、ゲノム情報、トランスクリプトーム情報、プロテオーム情報、インターラクトーム情報は創薬ターゲット或いは疾病マーカー候補の選抜・同定、個別化医療の実現等を経て産業界と社会に多大な貢献をするものと考えられ、目標実現のため関連する企業においては勿論のこと、国内外の大学においても莫大な研究開発投資がなされている。

 こうした世界の動向は解析技術・スクリーニング技術(ウエットテクノロジー)における技術の開発・革新・工業化に依存する所が大きいが、構造解析、構造・機能相関解析、構造・機能・動態シミュレーション、多変量解析/相関解析等による有用データ抽出のためのライフサイエンス向け情報処理技術(バイオインフォマティクス)と呼ばれる技術の発展も大きく貢献している。次々と大量生産されるデータに「真実」が埋もれて仕舞う(個々人の頭の中だけでは情報が統合出来ない)可能性が危惧されているが、バイオインフォマティクスにはこうした状況を打開し、膨大で時として矛盾するデータ・情報の中から有用な情報を抽出出来る可能性があると期待されている。

 日立製作所ではバイオインフォマティクスに支援されたゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクスのテクノロジープラットフォームを構築し、製薬・食品メーカー各社に「創薬ターゲット遺伝子・蛋白質探索、副作用原因遺伝子・蛋白質検出に関わる研究開発支援」を目的としたサービスを提供している。個別メニューによる受託解析、及びそれらを組み合わせたプラットフォームによるソリューションサービスの技術と応用の具体例を紹介すると共に、研究開発アウトソーシングビジネスの今後の方向を展望する。



16:20〜17:20 友田 修司 ・ 金野 大助(東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻生命環境科学系)

「生命科学教育へのITの利用」


 東京大学駒場キャンパスでは9年前に大学院重点化と同時に生命認知科学科が創設された.既存の理系2学科(基礎科学科,広域システム科学科)とは異なり,分子(DNA)からヒトまでの生命科学を総合的に教育する独自の学際的教育組織として発足した.学科の内部は基礎生命分科と認知行動分科の2コースに分かれており,前者は生物学,生化学,物理有機化学(理T,理Uから進学),後者は認知心理学,脳科学(理T,理U,文Vから進学)などの横断分野を専門とする学生の教育を目標にしている.制限はあるが,学生はどちらのコースの講義も履修可能である.

 学科の発足当時,生化学の基礎を学ぶための講義や実習種目の創設に関する生物教室からの要請を受け,講義では生体分子科学,実習では「生体分子の構造観察.コンピューターグラフィックスによる構造生物化学」と「NMR分光学」を化学の専門家として我々がそれぞれ1週ずつ担当している.今回はITを使った生命科学教育ということで,生体分子の構造観察実習を紹介する.

 この実習では,核酸,タンパク質などの生体分子の構造を観察し,酵素反応機構や相互作用を考察する中で,生命科学研究の基礎となる分子論的視点を学ぶ.分子論的視点とは,生体分子の構造に書き込まれた情報や暗号を解読し,生命活動を生体分子の相互作用プロセスの集積として考える分子生物学の視点であり,Watson-Crickの核酸の二重らせん構造発見以来の現代生命科学における重要な物理・化学の視点である.

 このような視点は,現代生物学の2つの流れの中で不可欠なアプローチとして注目されている.一つの流れは,生物を個々の遺伝子の働きからだけではなく,全遺伝子を視野に入れて理解しようとするゲノム生物学.もう一つは,たんぱく質を中心とする生体分子の立体構造から生命現象の本質を解き明かしていこうとする構造生物学の流れである.現代生物学の一つの方向として,ヒトゲノムプロジェクトを背景に,今後この2つの流れが合流し,構造ゲノム生命科学として急速な進歩を遂げていくものと考えられている.当面の目標は以下の5点である.

   @ 生体分子の構造を実際に見ることにより生命現象への理解を深める.
   A Protein Data Bankの生体分子のデータ検索の技法に習熟する.
   B 生体分子モデルの表示編集ソフトRasTopおよびMolFeatの使用法を学ぶ.
   C 代表的な生化学の教科書であるStryer and/or Voetを読みこなす.
   D 実習の成果を研究発表や論文発表に利用する.

 実習ではインターネット上で公開されているRasMolの進化版としてのRasTopを使う. RasTopは生化学を専攻するアメリカの大学院生によって現在開発途上にあるが,その操作性は無料で使用できるソフトとしては高く評価されている.しかし,将来的にRasTopのみに依存できない問題も想定されるのでMOLDAの利用を目指してその改良を行なっている.

 学生による実習の評価はかなり良い.学習効果の点では,生物未習の学生のみならず,生物既習の学生にも大きな成果があったとの報告を受けている.



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